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長過ぎるプロフィール

長過ぎるプロフィール

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結城聡(ゆうきさとし)

1974年生まれ
大阪出身(池田市とか箕面市あたりのお上品なエリア)
現在は東京都調布市在住

口ぐせ
「調布は府中とは違うし、田園調布とも違うんです( ー`дー´)キリッ」

2008年に独立してからはあまり余裕がなく、趣味らしい趣味はありません。
過去には、

◆格闘技

◯柔道二段
ブラジリアン柔術紫帯
PRIDE、修斗UFC観戦も好きでした

◆バックパッカー的旅行他

◯インド、タイ、タイ、香港、バリ、タイ、バリ、韓国、タイ(二人旅行とか新婚旅行も含む)
◯サンフランシスコ語学兼格闘技留学
深夜特急から進化はしていない方のバックパッカー

◆音楽

◯聴くのは:ヤードバーズの3大ギタリスト的なブリティッシュ・ブルースロック&ストーンローゼズ的なマンチェスターな感じ
◯弾くのは:ギターとベース(でも下手)、完全にインテリアと化しているウクレレ
現在はMacBook AirでのAccuRadio程度で満足

◆サッカー

◯観るのは:息子の応援、たまに味スタへFC東京の応援
◯やるのは:フットサルとか親子サッカーを年に数回
マラドーナ大好き世代。ドーハの悲劇は大学1回生の時(泣いた

職務経歴書のようなモノ

1993~1997年
京都産業大学で大学生活を送る。
(京都大学産業学部である、というネタもありますが、信じられても困るので・・・)

◯柔道部に入部するも三ヶ月で逃げ出すように退部。人生最初で(今のところ)最大の挫折体験
◯人から不思議がられるのですが当時は「卒論を出さなくても単位が足りていたら卒業できる」システムだったので卒論を出さずにインドに行っちゃったのね・・・。

ちなみに京セラのアメーバ経営を研究していました。

1996年
就職活動。大学のレベルによって選択肢がずいぶん異なることを痛感

◯当時は企業からDMが届く仕組みでした。でもいわゆる「大手な人気企業」からはお誘いが来ない。

◯呼ばれないならば行くもんか、と自分なりに基準を設定。経営に少しでも近いところにいたいので「従業員250以下」、理系のヤツらが作ったものを売るだけの仕事はつまらなさそうだったので(あくまでも当時の感覚)、人が主役の広告代理店か、介在することにより価値を生み出す商社、他外食・小売のサービス系を訪問。

(少しだけ)権威やエスタブリッシュなモノに楯突きたくなる反骨精神は、
この時の経験がきっかけと思われます。

1997年4月
京都はほんまええとこや。オレは一生京都に住むで~。」ということで、京都本社の株式会社さらに入社。

◯インテリア業界向けのサンプルブック(見本帳=カーテンとか床材の生地見本が添付されているカタログ)制作専門会社
◯同年6月、子会社の東京営業所にて一名の営業人員募集枠に、逃げるように手を挙げ上京。
◯百貨店へのヨーロッパ輸入食器の卸販売業の営業マン。新宿、川崎、大宮エリア+三越サテライト店担当。移動ばかりしていました(遠い目)。

南青山七丁目の地上げ屋に買収されそこなったかのようなクラシカルな鉄階段のアパートで都会生活開始。
上京してみてはじめて知りました。
東京最高じゃん!

そんな理由で今も東京に残り続けている。人生はわからないものだ。

1998年3月
一身上の都合により退社m(__)m 東京に残りたかったので必死のパッチで再就職活動。
B-ingで初心者可の広告代理店・関連企業を片っ端から訪問
ようやく1社に拾ってもらう。

前職時代は会社の借上げアパートに居住。
退職とともに仕事だけでなく住むところもなくなりマジ焦る
「もしかしてオレは道を踏み誤ってしまったのかも・・・」とグジグジ考える日々でした(遠い目)。

1998年6月
ダイレクトマーケティングの企画・運営支援会社の株式会社リンクスに入社
※残念ながら現在はありません

◯(今の時代感覚では人非人扱いされてしまうが)いわゆる名簿屋から発展した会社。
名簿販売が白に近いグレーから限りなく黒へと見なされるようになった社会変化のなかで業態転換。
ちなみに当時はトヨタ自動車クラスの会社でもDM送付用に外部から名簿を買う時代だったのです。

◯クライアント企業内の顧客データの有効活用、オプトインなデータ収集の企画(プレゼントキャンペーンなど)やそのオペレーションをする会社へ。
90年代はPCでは大きなデータ処理ができなかったので汎用機を保有。
WindowsXPの頃(もしくはPentium4など)からパソコンでの処理へ移行。

簡単にいうとAccessとか桐で顧客データベースを管理し、紙のダイレクトメールやテレマーケティングで情報発信し、
そのレスポンス情報をデータベースにフィードバックさせるという一連の工程を企画・運営する会社の営業マン。

◯思い出深いクライアント・案件:
らでぃっしゅぼーやさん、ヴァージンシネマズ(現TOHOシネマズ)さん、眞露ジャパン(チャミスル)さん、NTT番号情報(現NTTタウンページ)さん、などかな。

マスマーケティングからOne to Oneマーケティングへのトレンド変化が後押ししていた業界ではありましたが、
現実的に個対応(パーソナライズド)するためのインフラがまだ十分ではなかった。
そして後半からインターネットというとんでもない破壊力をもったモノがやってきたわけです。

※実際この頃のべき論的アイディアはインターネットによりすべて実現された。
好みに合わせて違う情報を送るベキ、とかね。

2002年3月~6月
米サンフランシスコに語学兼格闘技留学

ハウフ・グレイシーアカデミー(ヘンゾとハイアンの真ん中)
バークレーアダルトスクール(本来は移民のための教育施設)

会社を退職ではなく休職(しかも基本給支給というとんでもない温情)扱いで送り出してもらえたことに感謝せねばなりませぬ
メインテーマは語学と格闘技、サブテーマは人種のるつぼのアメリカを体験する(抽象的だな)。そして裏テーマは・・・長くなるのでまた別の機会に。

着いた初日に近所で発砲音がありその日は不安で眠れなかった。
3ヶ月経った最終日にも同じくガンショットがありましたが、
アメリカ生活にすっかり慣れており、不動心でスヤスヤと眠れました。

そしたら、
翌朝、その銃弾が寝室の壁から壁へと通り抜けていたのですよね。
ベッドに腰掛けてテレビでも見てワハハハとかしてたら死んでたよ・・・。

2003年
取締役就任

代表取締役と平取締役との距離は、副社長と新入社員との距離よりもはるかに遠い」←この言葉が理解できた

2005年
退社。株式会社ブレイクオンスルー創業!という予定。
これから「やってやる!」
という熱い気概を持った食品ベンチャーに誘ってもらい、お世話になることに。

「慌てて独立しても、元の会社の7掛け程度にしかできないもんだよ」と言われて。←でもまだ1掛けにもなってない_| ̄|○


2005年~2008年
株式会社フルッタフルッタ

◯アマゾン原産ヤシ科の果物アサイーを広めるために力いっぱい頑張る。
◯自分が貢献する以上に多くのものを学ばせていただきました。

1)商品を企画するところから、お客様の手元に届いて喜んでいただくまでの
一連の工程に立ち塞がる様々な障害を腕力と胆力で乗り切る様子。
→外の人はそれを「見事な戦略」とか、「マーケティング」とか、「ブランディング」と呼びます。

2)理念、大義名分、想い
→信じる力が応援団を呼び込みます。

3)メジャーを目指す心意気
→それまでが草野球であったことがわかる。←今は壁当てレベル(´・ω・`)

いや〜、とても良い経験でした。

残り続けるという選択肢もあったろうけど、
先に株式会社ブレイクオンスルーを設立登記(2005/3)していたし、
なによりも単純に”経営”をしてみたいという思いが強くあり、卒業することに。

がんばろうとしているのが、スタートアップ
がんばっているのが、ベンチャー
あきらめたのが、中小企業
つかれたのが、大企業
http://goo.gl/e3Qng

マジでマジで。

2008年10月
満を持しての株式会社ブレイクオンスルー創業、
でしたが、リーマンショック直撃(影響があったかどうかは定かではない)。

◯前述のダイレクトマーケティング的業務は「せっせとアマゾンの果物を売っている間に」個人情報保護法が施行され。なんの実績もないチビ会社では受注しづらい状況になった。

◯しかも「せっせとアマゾンの果物を売っている間に」ウェブ2.0という一大環境変化があり、紙の広告でやっていけないような予感がした。

◯よって制作会社のウェブ版=つまりはホームページ制作屋さん的な立ち位置でスタート。

4年以上も経ちすっかり「ITな人」「ウェブに詳しい人」と言われるようになりました。
しかし自分としては、
ビジネスを成功に導ける「プランナー」であり「マーケター」でありたいと考えています。
(それらに加えて近頃は「ブロガー」としての矜持が芽生えてきました)

創業以降中心としている仕事は少しずつ変化しています。

第1期:
某ウェディンググループのウェブイト/モバイルサイト制作

ものすごい数のサイトを作りました。クオリティにも納期にも厳しかったので根性でやりました。
でもこの会社は今はもう・・・・・。

第2期:
地域振興的案件

今に至るまでも脈々と続いている流れ

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい|TOP
四万十とおわ道の駅※サイト自体は代替わりしていて弊社作ではない
北海道の毛蟹といえば置戸市場(おけといちば)

表参道市場内で「東京Produce」という東京の地場産品を売るプロジェクトをやったり
表参道市場「伝」 | 伝えるべきことを伝えるための市場

農商工連携支援/6次産業化支援事業として、社団法人を作ったり
一般社団法人 日本ビジネスプランニング協会 | 持続可能な社会づくりへ

第3期:
新興健康食品メーカーコンサルティング

低単価商品ではリスティング広告(≒AdWords、Yahoo!リスティング)はかなりシンドクなってるなと痛感。
回り道に見えても「コンテンツマーケティング」「ソーシャルメディア活用」「SEO」しか成功への道はないと確信(今に至る)。

第4期:
営業会社様下請けウェブサイト制作

とにかくたくさん作りました。ディレクターとして四六時中メールや打合せをしていました。
またいわゆる一般の中小・零細企業のITリテラシーが「極めて低い」、「低過ぎるぞ!」「みんな大丈夫か!!?」という状態であることを認識。
ここから次になにをやるべきかが見えてきました。

やった仕事がどう評価されているのかはお客様に聞くしかありません。
(面と向かって辛辣なことなんて言えるわけないので多少割り引く必要はあるでしょう)

お客様の声

第5期:
定額(低額)コンサルティング

世の中にIT革命はやってきたのに、
日本の中小・零細企業には「IT革命未だ来たらず」となっていることに対しての
弊社なりのソリューションです。

税理士や社会保険労務士のような士業のように、というのがコンセプト

・ウェブ集客
・IT活用による効率化

に加えて、
ぶっちゃけ商品やサービス自体が良くないケースも多いので、
ウェブの特性を活かして、小さなロットでのテストを重ねるなどの、

・MD支援

をも提供しています。
月額3万円のIT革命

イマココ

ノンITリテラシー層が、
ITを積極的に活用することがいちばん伸びしろが大きいです。
飛躍的に業務・オペレーションを効率化できるはずですよ!(ちょっと宣伝)

この先どうしたいのか?

短期目標:

定額コンサル30社体制へ
おそらくこのくらいが数的限界です。
まだ空きはたくさんありますのでぜひどうぞ

中期目標:

EC studioさんのアプローチに近いです。
このEC studioさんは「中小企業のIT化を飛躍的に進めるために」
ツールの開発と普及活動に全力投球する道を選びました。
メールに変わるチャットコミュニケーションツールの「ChatWork」です。

この先、どのくらいの時間軸かは言い切りにくのですが、
みんなでオフィスに集まって仕事をするスタイル一辺倒ではなく、
自宅勤務(遠隔勤務)が増加していくことは間違いないと確信しています。

なぜならば、もう間もなく、
団塊ジュニア(1971-74)が団塊の世代(1947-49)の親を介護する必要が出てくるからです。
団塊の世代というだけに人数がハンパないぞ(笑)
※約800万人

もちろん、出産・子育てしながら働きたいというニーズも当然あるでしょう。

昔々は、自宅勤務≒内職レベルの低賃金労働という図式がなりたっていたであろうけど、
今ならば、オフィスにいるのと同等のパフォーマンス(邪魔が入りづらければそれ以上)を出すためのテクノロジーはすでに存在しています。

ところがドッコイドッコイダー。

遠隔勤務には未だ解決されていない弱点があるのです。
それは、
お互いの顔色」がわからないこと、です。

今までの中間管理者は、
物理的に近くにいて、
顔を突合している部下の顔色を見ながら、
報告させたり、仕事を指示したりしていました。
(ある種の空気読み

これからは、
物理的に近くにいない部下をもマネジメントしていかねばなりません。
もちろん上司⇔部下という関係だけでなく、
横縦斜め社内社外と、
すべてのコミュニケーションも同様です。

そこで、

相互に顔色(状況=ステータス)を感じ取るためのツール

が必要で、
これを作っていきたいと考えております。

今存在するものだと、
Skypeの「オンライン」「退席中」「取り込み中」「オフライン」の状況表示がまあ近い。

より細かい状況変化を、
より面倒でない方法で関係者に伝えられるツールが欲しいのです。

例えば、
・電車で移動中(だから電話してくんな!)
・超忙しくて新しい仕事はできない(どころか助っ人が欲しい!)
・実は暇してる(忙しいフリもたいへんだから仕事頂戴!)

etc

これられの情報をスマートフォンの各種センサーを使って自動的に取得するか、
または手動ではあるけどステータスを変更する行為自体が、
「面白かったり」「気持ち良かったり」「得したり」するUI(ユーザーインターフェイス)や仕組みを作る。

そんな感じです。

今書きながら気づいたけど、
自分が知ってる日本の会社では、

・超忙しい人
・暇な人

この二極化が凄まじい
繁閑の調整もこのツールを使って、
テトリスのように整理していけばもっともっと仕事ができるのではないでしょうか?
(プライド問題はあるにせよ)

興味がある人、一緒にやりましょう。

長期目標:

長期なだけに抽象的な目標で許してください。

それは、
「1次産業と4次産業を発展させること」

もっとわかりやすくいうと、
1次産業と4次産業のマネタイズに貢献すること

結城が考える定義は以下の通りです。

●1次産業:地球の資源のうち再生可能なものを利用した産業(よって鉱業は入らない)
●4次産業:地球の資源をあまり消費しない産業(情報・文化・芸術・芸能など)

ここに関しては、
以前のニュースレターに書いていますので、
「まだまだ活字を読んだるぞ!」という猛者は以下リンク先をご覧くださいませ。

花形産業は変わる | 模索するブログ

んで、その後、株式会社パイプドビッツにてお世話になりm(__)m、

そして2014年9月1日から株式会社フルッタフルッタに出戻り。

「出戻り社員」は会社にとって最良の社員になることが多い:研究結果 | ライフハッカー[日本版]
http://www.lifehacker.jp/2014/08/140827exemployees.html

(*ノω・*)テヘ

仕事道具

ラップトップ:MacBook Air11インチ+外部ディスプレイ
タブレット:Nexus7
スマートフォン:iPhone4S

Apple信者の皮を被ったGoogle信者です。
(厳密に言うとChrome信者

MacBook Airを超えるChromebookの登場を待ち望んでいます。

連絡先

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