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オフィスについてわしも考えた(含むダイカン撤収顛末記)

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あらまし

新宿の事務所撤退を機に今までのオフィス環境を振り返りました。

都立大オフィス時代

今からちょうど4年前の2008年10月1日に創業した当初は、
広告・販促業界の大先輩で恩師とも言える方のオフィスを間借りさせてもらいスタートしました。

東急東横線都立大学駅が最寄りの閑静な住宅地の一角でした。

左手の建物です。

懐かしいなぁ。

はじめての看板( ー`дー´)キリッ

これも恩師が作ってくださいました。
(現在も使用中)

この都立大オフィスの時には、
開業したばかりでで人脈と呼べるものも今とは比べものにならないくらいなく、
最初の1ヶ月はいろいろと挨拶いったり会ってくれる人もたくさんいたのですが、
それが一巡すると、
この都立大オフィスでポツネンとしていることが増えました。

●人脈がない+住宅地で仕事テンションが上がらない+人がふらりと遊びに来てくれない(各停駅で微妙に来づらい)

都心の営業先に行くのにもちょっと時間がかかるかなー、というロケーションだったので、
事務所を自分で構えられるようになったら、

「都心のど真ん中に行ってやる!(メ゚皿゚)フンガー」

と息巻いておりました。

新宿オフィス時代

その時のブログがあります。

2009-07-02 新宿がしっくりきます – 結城聡のブログ/株式会社ブレイクオンスルー【bot】

昨日、税理士近藤さんとの打合せ(非公式)を新宿にておこないました。

8月に新宿への事務所移転を予定しているのですが、本当に新宿でいいのかどうかを確かめるために、思い出横丁の焼き鳥屋、三丁目裏の屋台タイ料理、同じく三丁目の渋いブルースバー改め普通のバーと三軒はしごしました。

まじめな話、人と場所との関係はかなり重要で、しっくりこない環境であるとあまり力が出せないのではと思います。

その点新宿はいいなぁー、ハングリーでバイタリティーがあって。いいオーラを感じます。

2009-07-25 事務所移転のお知らせ – 結城聡のブログ/株式会社ブレイクオンスルー【bot】

目黒区から新宿区へのかなりテイストの異なるエリアへの移転です。
今回のテーマは営業/来客にとっての「交通の便を最適化する」です。

これは人によって言うことが異なります。
銀座最強説、飯田橋最強説、神保町最強説など。

しかし自分のとっては新宿がベスト。
空気感がたまりません。

実際の移動もおおむね主要なエリアには30分程度で動けます。

2009年夏です。
この頃は、自分も動きやすく、かつ人がフラリと遊びに来てくれるような場所、を求めていました。
人が集まるところに仕事も生まれる、と。

これは現在の外観。

眺めはこんな感じ。
新宿副都心の高層ビルを見上げ、
小滝橋通りを見下ろしたりするロケーションです。

いや〜、やっぱり最初はピカピカやねー!!

狭いながらもレイアウトをいろいろ試行錯誤してたなー。

そう言えばフルッタTシャツも飾ったりしてたな。

手前が結城ゾーン。
う〜む、HPのパソコンにウィルコムのW-ZERO3か(笑)

で、3年経ち、ここを引き払うことにしたのです。
(自宅を拠点にします。)

なぜ事務所を引き払うことにしたか?

直接的な理由は、
3社で45,000円ずつの割り勘(135,000円|諸々込み)でやっていたところ、
7月に1社卒業することになり、
金額的な負担が増えるしどうしようかな~、
というところだったのですが、

実際には今までの2社になるたびに次の1社となってくれる仲間を探してきたので、
今回もそうしようと思えばできたと思うのだけども、
自分のなかで事務所運営を継続しようというモチベーションがなくなっていたので、
宮川さんにお願いして閉じさせてもらうことにしたのです。

で、なんでなんだ?というところを列記するとこんな感じになります。
(順不同)

===

●長時間仕事をするには自宅の方が都合がいい
・制作ディレクション的な仕事は相手(お客様・制作者)あってのものなので、
なかなか効率化でききらず、結果として長い時間やることになりがち(泣)
健康のために夕飯は自宅でとるようにしているので、
遅くまで事務所で仕事をすると腹が減るし、遅い時間に食事をするのも良くない。
自宅だと19時頃ご飯を食べてまた続きに移れる。
朝も起きていきなり残務にとりかかれたりするので都合がよい。

●ソーシャルメディアの普及
・実はこれがいちばんの理由です。
結局1人社長やフリーランサーが事務所を構えたり、
コワーキングスペースやシェアオフィスを利用するのは、
集中できる環境を作りたいという理由と、
もうひとつは寂しいから、だと思う。
自分も都立大オフィスの時にはかなり寂しかったけど(笑)、
それもまさに時代の流れで、今はどこに居ても人の気配を感じられるのでモウマンタイ。

私がTwitterをはじめたのは2009年の10月で、
事務所移転がその2ヶ月前の8月。
ちょうどコミュニケーション手段の多様化の過渡期だったんだな。

●Skypeの普及(?)
・実務的な部分もSkypeチャットや通話機能でかなりできる。
昨年からSkypeプレミアムプランを申し込んで複数人でのビデオ通話もできるようにしていたりと、
かなり便利。
SkypeとGoogleドキュメントの共同編集機能を組み合わせると、
その場で議事録も作れたりするので、
対面でまわりの人がパソコンレスなミーティングよりも話がまとまりやすい。

ってかミーティングには各自パソコン持参が(・∀・)イイネ!!

●自宅の有効活用
・不透明な時代には賃貸の方が良いと思ってまして、
仲間から住宅購入の相談をされると100%、
「やめておけ( ー`дー´)キリッ」
とアドバイスするのですが、
今のところ誰も言うことを聞いてくれません(笑)

うちも2005年に自宅を家を購入して、
そのローンも結構デカイので事務所と二重ローン状態になるよりは、
やはり自宅を活用するのが合理的です。

わりと奥さんが日中も家にいるお宅が多いようですが、
自分ちは共働きだから日中は誰もいないし、
それを考えてもやはり使うべきですね。

人はいないけどお留守ニャンがいます。

ちなみにちょっと自慢をしておくと、
調布の自宅はかつて『建もの探訪』にも紹介されたりしたなかなかシャレオツな家です。
http://satoshiyuki.biz/wp-content/uploads/tatemonotanbou.pdf

難波和彦+界工作舎
無印良品の『木の家』シリーズはこの難波さんの『箱の家』をアレンジしたものです。
難波さんが無印のプロジェクトに関わっていた時期と結城邸を設計していた時期が近いので、
箱の家の歴史の中でももっとも無印の家っぽいらしいです。

実際に担当してくれた人は私と同じ時期に独立しています。
龍光寺眞人+池守由紀子 / 龍光寺建築設計

持ち家とかはホントにやめておいた方がいいと思うけど、
それでも家を建てたいという人はぜひ上記の、
界工作舎や龍光寺建築設計へご相談ください。

根本的なところで、
多くの人が「自宅だと気分がダラけて仕事ができない」と言うので、
自分も心配だったので実はすでに8月上旬くらいから基本的に自宅ベースとしているのですが、
まったく問題ないですね。

こんな感じです。

●コスト削減
そういえば先日別件で累積事務所家賃をざっくり計算してみたら、

●事務所費用
自分の場合は、
・最初10ヶ月=5万円×10ヶ月=50万円 ※間借り
・その後15ヶ月=140,000円×15ヶ月=210万円 ※単独
・その後22ヶ月=45,000円×22ヶ月=99万円 ※3社でシェア
合計=359万円
今はじめて計算したけど結構でかいな!!!

となっていて、
結構ビビリました。

これからスモールビジネスで独立する人のための『創業時節約術』実践編 | 模索するブログ

上記リンク先でも書いていますが、
場に集まる人からいただく仕事も多いので節約すれば言いというもんではないかとは思いますが、
それでもスモールカンパニーが359万円をなにか別の投資に使えるといったら、
そらぁたいした金額ですよ!

2013-04-21追記
この計算結果やらが余りにも衝撃的だったので、
他の経費関係もちゃんと洗い直して1冊の本にまとめました。
Kindleの電子書籍ですけど。

起業の節約術 -250円だけど読んでおくと250万円くらいは節約できるかも知れない本-

●バイクとかクルマも使いやすい
時折、電車で行くのが困難なエリアの案件をいただくのですが、
クルマにサッと乗っていけるので楽です。

さらに9月に友人から125CCのスクーターをもらったので、
それも活用しています。

SYM RV125JPレビュー(台湾製125CCスクーター) | 模索するブログ

ちなみに、
「調布の自宅を拠点とします」
と言うと、
結構多くの人から、

「えー、引っ込んじゃうの?」

と言われるのですが、
調布は府中やヘタしたら八王子とよく一緒にされるのですが、
新宿まで京王線特急でたった15分!
世田谷区の隣のなかなか都会なエリアなんですよ。

調布市の名誉のために言っておくと・・・。

あと、精神的なところでは、

●創業4年を機に環境を変えたかった
何ってこともないけど何か変えたい的な。

●フットワークをよくしたい
フィリピンのオンライン英会話に事業提携として参画していた時にも、
観光ビザが許す限りフィリピンに滞在してみたいなと思ったけど、
なんだか事務所に家賃払ってるし、もったいないなー、などと思ったりしました。

あとこれのベトナム編と中国編もあります。

今は現実的には仕事の状況的に難しいのですが、
やはり場所にとらわれずできる仕事を構築していきたいですね。

あっ、まったく言及していませんが、
いわゆるノマドワーカー議論でよく出てくるスタバとかのカフェでの仕事というのはまったく考えていません。
トイレが近いからなんですけど(笑)

+外部ディスプレイ使用癖がついちゃったので、
小さい画面だとちょっとしんどいし。

事務所の家具たちは嫁にいきました

長くなってきて読むのもたいへんだし、
書くのはもっとたいへんなので(笑)、
そろそろ締めたいと思います。

実は上記のフィリピン問題とかで過去も事務所を閉鎖したいと何度か思ったのですが、
その度に、

「家具の処分が面倒くさそう・・・・」

と撤退を断念していたのですが、

今回はせっかくなので、
イベント的に事務所の家具を友人知人にタダで上げて活用してもらうということにしました。

【随時更新】新宿の事務所の家具など差し上げます | 模索するブログ

思いのほか多く方から、そして意外な人からの連絡もあり、
旧縁を温めるという意味でもいい機会になりました。

まずはじめはこのお腹にサラシを巻いたおっかない空手家から(笑)
「オイっ!そこのお前!なに勝手に写真撮っとんねん(怒)」
ホントはとても親切な税理士さんですYO!

中学校の同級生でもあるバウトレビューの井原くん。

会社の別事業でこんなことをやっていて、そこで家具を使用してくれるそうです。
客席と出演者が語り合うトークライブ「Live Wire」

かなり久しぶりにお会いすることになった、
キック・クリエイティブの片岡さん。
またFBでよろしくです。

こちらが最高に薄いご縁でした!(笑)
公益社団法人記念会開催のお知らせ | SADECO 最新情報
このイベントの事後の交流会でピアノを弾いていたプロミュージシャンの別所さん。

大福ありがとうございましたm(__)m
一応明記しておきますが、
手ぶらでなくお土産を持ってきてくれたのは別所さんただ一人ですボソッ

同じ新宿で会社をやっている石田さんと吾郷さん(字あってるかな)

「こんな感じで使っています!」って写真を送ってくれましたm(__)m

ダイカン撤収ラストスパート

主だった家具はすべて送り出しましたが、
3年間で蓄えた不用品と必要なものとが渾然一体なっているのを、
選別してゴミ出しするのがそれなりに手間でした。

で、一旦食事をしに家に帰り、

その日の夜再びダイカンに22:00集合!!
荷物運搬用にクルマを出しました。

先に宮川さんの荷物を宮川さん家に持っていく段取りです。
フィットの限界に挑むつもりです( ー`дー´)キリッ

夜空を見上げると美しい月が。

宮川弁理士がいっぱい荷物を持っておりてきました。

「ちょっと写真撮ってないで手伝ってくださいよ!」的な(笑)

とりあえずクルマに乗る分だけの荷降ろしを終え、
記念撮影。

いちばん爽やかな笑顔のヤツを選びました。

宮川弁理士。

3年前はもうちょっとキリッとしたキャラでした。
(2009年撮影)

宮川グッズを宮川邸へ運んでから、
自宅へ仮眠をしに戻りました。

そして翌朝、
クルマに積みっぱなしだった荷物を家に放り投げて、

荷台を空っぽにして再び新宿へ。
(朝5時過ぎ)

なぜならば、
事務所建物下の駐車場が8:00以降は料金が2倍になってしまうから、
それまでに終わるように早朝決戦を仕掛けました!

二時間の格闘の末、更地にしてやりました!

ん?なんだか左奥に・・・

あぶねぇー。
新宿に移転した時に仲間からもらったガネーシャ像を忘れるとこだった(笑)

よし、問題ないね。

ブレーカーをオフにして、

看板を取り外して、

自宅の玄関に貼るのはどうかなー?
でも日中からフラフラしていると近所の人に心配されるので、
自営業アピールしておいた方がいいのかな?

ってことで撤収完了です。
駐車場を出たのが7:56。脅威の段取り力だ(笑)

on more thing

ダイカン退去に伴い、
お別れ会も開いていただきありがとうございました!

『大人の蒙古タンメン中本会』つつがなく終了 | 模索するブログ

『Good-bye ダイカン』会@タカマル鮮魚店 | 模索するブログ

また3年間でご来社いただきました、
多くのクライアント/パートナーの皆さん、
そしてただの友達(笑)も、

どうもありがとうございました。

そしてなによりも、
3年間変わることなくこのダイカンにて、
一緒に仕事をしてきた弁理士の宮川さん、どうもありがとうございましたm(__)m

起業家仲間として、そして1人の友人として、
慣れ合わず、
お互いが刺激を与えられるような関係性を維持できた良き同居人だったのではないかと思っています。

今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

いい加減、疲れてきたので、
もう終わりにしたいのですが今思い出しちゃったので書いておきます。

蛇足な話

2011年3月11日、
東日本大震災発生時刻もこの事務所にいました。

尋常ではない揺れに生命の危機を感じて、
一緒にいた内さんと10階から駆け下りました。

この時ほど不安を感じたことはありませんでした。
今にも建物ごと崩れてしまうのではないかと思えました。

5階程までは軽快に駆け下りたのですが、
途中で、
足の悪い方が思うように階段を降りられず渋滞してしまいました。

とにかく揺れがハンパなく、
「ホントにオレ死ぬ」
と思わざるをえない状況だったので、
そのオジサンを押しのけて降りるということもできたのですが、

そんな生き残り方をしてもずっと後悔するだけだよな、
と思って、
そのオジサンを後ろから励まして、
残りをゆっくりと降りました。

この時に、
「なんだか自分も捨てたもんじゃないな」
などと独りごちたものです。

なんだか蛇足文を読むと、
「結城さん、窮地にあっても、いい人じゃん」
という読後感が残ることうけ合いです(笑)

そんなこんなで引き続きよろしくお願いいたします。