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永代供養料の代わりにブログを残すという価値

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ブログについて常々思うのは、
僕が死んだら誰もブログに書き込まなくなるのだし、
死後もずっと読めるようにしてくれ、ということですね。

そんなサービスを誰か提供してほしい。
骨になったらコミュニケーションもとれないのだから、
お墓を残していても意味ないけど、
ブログをインターネット上に置いておけば、
30年、40年たったあとでも誰かが見に来てくれるかもしれない。

お墓に永代供養料を払うお金があったら、ブログを維持するほうに使いたい。

久しぶりに読み返した、
中島聡さんの「おもてなしの経営学」の一節。


今までは読み飛ばしていたけど、
5月に父を亡くした状況で読むと自分事として突き刺さった。

父も前年の12月末から亡くなる当日の5月31日まで毎日、
ブログならぬFacebookに日記(というかひと言コメント)を書き込んでいたのだけれども、
もちろんこれは今でも残しています。

いつの日にか論理チェック(年齢130歳で死亡したとみなす、とか)や、
公的データ(死亡届)と紐つけてアカウントを削除するとか、
そもそもFacebookがなくなるとかいろいろな消滅パターンが考えられるけど、

宗教っ気が一切ない結城家としては、
確かにお墓参りというよりはたまにFacebookを見返してあげた方が供養になるような気がする。

ちなみに、上記引用部分を打ち直すのが面倒だったので、
同じ箇所をウェブで引用している人がいないかなとググったら、

POLAR BEAR BLOG: 寺をIT化せよ

そのあたりの管理をIT化した寺にやってもらうって案がありました。

で、現実的にはどうなんだと調べてみると、

ニュース – Google、死後のデータの扱いを指定できるツール「Inactive Account Manager」を公開:ITpro

GoogleもFacebookも一応その手の対応はしてくれるみたい。さすがやね。


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